夢はどうして叶うのだろう?(2009年度の最後に)

投稿日時:March 31, 2010 / 06:15 PM  投稿者: 高橋康徳

僕がテレビ局を辞めたのは、2004年3月31日のことでした。

そうです。「6年前の今日」でした。

あの日の想い

「ニュースとは一線を画す、勇気の湧くネタのみ扱う動画メディアを作るぞ!」

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そんな単純な想いだけで、エイヤッと独立した6年前の自分。明確なビジネスモデルもないまま、「想い」だけを心の支えに「何とかなるさ」とテレビ局を退社しました。(もちろん当時は、それなりにビジネスプランを練ったつもりでしたが・・・) 

当時ある起業家の先輩のコトバがその頃の「僕の姿」をも絶妙に表現していました。↓

「あちゃー高橋君、何も持たずに独立しちゃったんだ!」(by 五十嵐健さん)

こう言われて初めて自分の無謀さに気づき、背筋が寒くなりました。

・・・が、既に賽は振られていました。もう前に進むしかありません。

無知・無謀が幸い

ただ、あの時、立ち止まらなくて本当によかったと思う。「無謀だから」「無知だから」「ビジネスモデルが固まっていないから」・・・立ち止まる理由は無数にある。が、所詮「やらない理由」ばかり。それより、「やりたい」という衝動の方が強かったのです。

今だから言えることですが、人生は「想い」があれば、ある程度どうにか道は拓けるものです。現に、当時の「無謀な想い」はあれから6年経った今、1つずつ着実に現実のものになりつつあるんです。これは、本当に不思議な気持ちです。「言えば叶う」の証明でしょうか。↓

現実になった「想い」の数々

独立の1年後、願っていた「勇気・ヤル気の湧くネタのみ扱う」COW-TVというネットTVが誕生しました。「九州を背負ったウシ」の旗の下に頼もしい仲間が集まり始めました。3年後、株式会社カウテレビジョンという会社が生まれました。雑誌の表紙にまで掲載していただきました。当初、視聴者ゼロだったCOW-TVは、今では月間15万人もの視聴者が集まるようになりました。

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また、当初心配されていたビジネスモデルは、「ネットTVと企業専門の映像制作会社」というビジネスモデルが固まりました。そして企業からの動画の制作依頼も増えました。そのお陰で、クルーの給料も今では世間並みに払えるようになりました。ピエトロ村田社長のご好意で、オフィスも天神に構えることができました。

それもこれも、全ては最初の「想い」が出発点なのです。

そして、その「想い」という種を花咲かせてくれたのが「御縁」だと感じます。

「想い」と「御縁」

どんな緻密な戦略よりも大切なのは、「初心」と1つ1つの「御縁」。6年間を振り返ってつくづく感じます。両親に始まり、生まれて今まで人生に関わってくださった全ての方との御縁の、どの1つでも欠けていたら今の自分はありません。嬉しかったことも、悔しかったことも、悲しかったことも、楽しかったことも、全て含めて御縁に感謝し2009年度を締めくくりたいと思います。

そして明日からも、「初心」と「御縁」を大切にしながら、一歩ずつ夢を実現していきます。

地球の明るい未来のために。

2010年もどうぞ宜しくお願いします。感謝!

高橋康徳/株式会社カウテレビジョン

新・ 凡事徹底リスト
× 早起き6時半時まで
○ 凡事チェック
○ がっちり握手
○ 上機嫌でいる
○ 刺激に出 会う
○ 家族、先祖に感謝
○ チーム、友人、客に感謝
○ お礼ハガキ/メール/FAX
○ 電話は3コール以内で出る
○ ちょっとイイトコ見つけて褒める

【TOPIC1】あなたはどのタイプ?成功の数だけ「リーダーシップ」はある!

【TOPIC2】動画活用セミナーの次回は4月7日!座席を15→30席に増やしました!




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大三角形、ふたたび

投稿日時:November 14, 2009 / 06:43 AM  投稿者: 高橋康徳

僕がテレビ業界に入ったきっかけ

それは、オーストラリアでの「ある2人との共同生活」でした。

1994年・・・オーストラリアにて

大学4年生のはじめ、21歳の僕は、ワーキングホリデーというビザを取得して人生初の海外遊学に挑戦しました。この、少し遅めの海外デビューが僕の人生を大きく変えることになりました。

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エアーズロックにてイギリスの旅人と

渡航したシドニーで僕は、語学学校へ通うかたわら、日豪プレスという新聞社で働いたり、プールバーに通ったり、VB(ビクトリアビター)など現地のビールを飲み比べたり、ボンダイビーチでパイナップルを売ったり・・・さまざまな活動をしまた。どれも強烈な思い出で、15年が経った今でもそれらは鮮明に僕の脳裏に残っています。そんな「強烈な刺激たち」の中で、もっとも大きかったのが、同居したヴォーンとキムという2人の友人の存在だったのです。

ヴォーンとキム

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ヴォーン(オーストラリア人・男・39歳)は僕より18歳も年上のいわばオッサンでした。が、メンタルはめっちゃ若く、まだ独身で、僕らとよく口ゲンカしました。そんな彼となぜ同居かというと、実はヴォーンは、僕が通う英語学校の講師でした。ヴォーンにとって「英語の先生」というのは仮の姿で、彼の本職は「TVディレクター」でした。

一方、キム(香港人・男・17歳)は僕と同じ英語学校に通う生徒でした。香港から英語とアート・デザインの世界を夢見て留学していた少年でした。繊細で見た目も細く、僕の中での「デザイナー」のイメージ通りのルックスとメンタリティの持ち主でした。

そんな2人との同居生活。共に笑い、時にケンカし、そしてまた笑う。そんな2人のアーティスティックな生き方が、その後、僕をテレビの世界へ駆り立てていくことになります。(彼らとの生活ぶりは面白いけど、書くと長くなりすぎるので、また今度にします)

1995年・・・広島にて

一年後、僕は日本へ戻り、広島大学の4年生として学業復帰を果たしました。ヴォーンはシドニーからモロッコへ渡り、キムは香港へ戻り、僕は広島から福岡へと、まさに世界に広がる大三角形です。ネットもメールもない時代、しかもズボラな3人組の男たち。僕らが交流を続けるには、当時の世界は広すぎました。交流は時と共に細り、やがて3人の一角キムとの連絡がプッツリと連絡が途絶えてしまったのでした。

しかし僕は、どうしてもヴォーンとキムとの日々が忘れられず、逆ホームシック状態。そうして僕が考えたのが、もう一度彼らと繋がるためにテレビの世界を目指そうということでした。「テレビ」というある意味で「アートに近い世界」にいれば、きっとまた彼らと一緒に仕事ができるのではないか?という単純で甘い期待が最大の動機でした。

2009年・・・日本にて

あれから15年。世界にはネット、メールが普及しました。

そして今日。2009年11月14日。

朝6時半。いつものように目が覚めると、ケータイに1通のメール。

20091114001.jpgキムは僕のことを覚えてくれていたようです。
17歳の時に語っていた夢の通り、プロのデザイナーになっていました。彼のサイトを見ると、有名映画のポスターや数々のWebサイトをデザインしてきたという実績がズラリ。正直、驚きました。→キムのサイト(英語)
こうして、僕らの大三角形(日本-モロッコ-香港)は、15年ぶりに、その三辺が繋がりを取り戻しました。「ネットの進化が世界を狭くする」とは良く言いますが、今日ほどそれを心から実感した瞬間はありませんでした。キム、ヴォーン、そしてネット環境の発達に感謝!!

高橋康徳/株式会社カウテレビジョン

新・凡事徹底リスト
○ 早起き6時半時まで
○ 凡事チェック
○ がっちり握手!
○ さわやか元気に挨拶
○ 刺激に会う:エイチ・エス証券の林前社長、来社ありがとうございました!
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○ お礼ハガキ/メール/FAX
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年に1ヶ月は海外で暮らすという夢

投稿日時:August 25, 2009 / 08:58 PM  投稿者: 高橋康徳

今から5年前。テレビ局を辞め、独立する時に定めた夢の1つに

「年に5回は海外に出る」

というものがあった。

おそらく当時の自分の実力からすると、年に5回というのは無謀だったかもしれない。というのも、テレビ局の8年間で海外出張はわずか3回。単純計算すると1年当たり0.38回。それでも、志は高く持とうじゃないかと「年に5回」を掲げたのだった。

「海外」にこだわる理由

学生時代に「職業としてのテレビ局」という価値観を教えてくれたのはオーストラリア人のヴォーンだった。また、記者時代に「人生は突然終わる」という事実を教えてくれたのは、NY911テロの被害者ジェシカさんだった。こうした経験から、「海外」とは僕に「未知の価値観を教えてくれ、世界を広げてくれる所」なのだ。(きっと多くの方にとってもそうであるように)

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そして・・・

そして明日、僕はイタリアに向けて今年3度目の海外ロケに出発する。目標の「5回」にはまだ及ばないが、独立直後には「無謀な遠い夢」だった世界が今、「射程圏内の現実」として目の前に現れている。そして今年の9月以降にあと2回、海外出張を計画中だ。1ヶ所は上海。もう1ヶ所は・・・。

夢はまず描く!言う!

今、僕は当時の自分を褒めてあげたい気分だ。(自画自賛でスミマセンが)

「宣言して、願って、諦めずに、行動し続ければ、その想いはいつか叶う!」

これ、本当だ。

最近のCMでイチローの言葉で「夢は近づくと目標に変わる」というものが紹介されている。これ、僕もスケールの違いこそあれ同じことを肌で感じている。独立して収入が増えることよりも、こうした「生き方」を実現できていることに誇りに感じる。

イタリア、春とはまた違った景色を取材してきたい。

(高橋康徳/株式会社カウテレビジョン)




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高橋 康徳【プロフィール】

代表取締役 高橋 康徳
高橋 康徳
代表取締役/お客様担当
【事業内容】
1. 情報発信コンサルティング
・ウソつかず
・分かりやすく
・共感を呼び
・信頼される情報発信をサポート
2. インターネット放送事業
3. テレビ番組制作
(ドキュメンタリー)
【経歴】
1972年 宮崎県延岡市出身
独立前はテレビ西日本(フジ系)に勤務
映像の専門はニュース・ドキュメント系
2004年
5月
創業
2005年
2月
カウテレビジョン開局
2007年
9月
株式会社カウテレビジョン設立
詳細プロフィールはコチラ
【賞歴】
2005年
9月
福岡市主催
ビジネスコンテスト大賞受賞

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